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最近のこと

ホームページを見て下さっている皆様へ.
更新が滞ってしまい申し訳ありません.うちのようなサイトでも見てくださる方がいて本当にありがたく思っています.

一緒に暮らしてきた母親が肝臓病であることが分かり,その看病と看護に追われ,工作やホームページの更新を後回しにしてしまっていました.
ホームページのことは頭の中ではいつも気にはなっていたのですが,すらすらとネタを書けるほど文才もなく、今書いているこのネタも去年から書き始めたものを何度となく書き直してきたのですが,自分自身の精神力の弱さ故に両立できなかったのが結局の所でした.

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母親の病名はC型肝炎による肝臓癌です.病気のことが分かるまで病症に
ついて全く知識もなく,母もまた感染したことすら知らないまま何十年も生きて
きました.
母はガンコな父親を支え,家業の電気屋を切り盛りする傍らで私たちを育てて
くれました.忙しく自分の時間など持つ余裕が無かった母はいつも自分の事は
二の次にして、私たちの為に本当によくしてくれました.

今でも覚えていますが私たちには新しい下着や服を買ってくれるのですが,
母親の下着はどれも穴が開いていて,いつも同じ服を着て店に立っていました.
世話好きで苦労性の性格が病気の発見を遅らせてしまうとは不運でならない
気がしてなりません.



「余命3年」,初診の日に医者に告げられたその言葉は心に重く圧し掛かかり
この日から母の死を絶えず意識するようになりました.
消えそうになっていく母の命の火を毎日見ていくうちに,生きることのはかなさを思い知らされ,絶望感と背中合わせでいるような気がしました.

少しでも良い病院,良い治療をと願い,家から30キロ離れた病院に通うことに
しました.けれど肝硬変まで進んだ肝臓は,殺しても殺しても別の所に腫瘍ができ,その度に手術を繰り返さなければならないものでした.


 終わる事の無い治療に母は日に日に生きる気力を失い,入院が長くなるに
つれ誰かがそばにいてあげないと病気に打ち勝つ事が出来なくなってしまい,毎日毎日交代で病院に行って励ます日々を送りました.

お盆も,正月も,自分の誕生日も病院で迎えた母の病状は骨にまで転移し,寝たきりとなり追い討ちをかけるように肝性脳症による痴呆もではじめました.
「ボケ」というのを目の当たりにしたときは本当にショックで,それを直ぐに受け入れることが出来ませんでした.

「親にとって子はいつまでたっても子」と言いますが子供にとって親はいつまでたっても自分の「親」で,その「親」が訳のわからない事を言う事が信じられませんでした.
めげそうになりながらも「治ったら温泉にいこうな」とか生まれ故郷の「鹿児島に
連れてってやるからな」と楽しい話しをして励ます事を欠かさないように努めました.
そうしないと自分も折れそうでなりませんでした.

気丈だった母も次第に淋しさを隠せなくなり「家に帰りたいか?」と聞く私に,「帰りたい」と,微笑みながらでもどこか淋しそうに呟くのがつらくてたまりませんでした.


癌への積極的治療の可能性が限界であることは素人の私にもわかりました.
治らないのならせめて残された人生を楽しく過ごさせたい,そんな気持ちが日に日に大きくなり主治医と相談し在宅医療に切り替えることにしました.


以前母がまだ歩行器で歩ける頃,和式トイレを洋式トイレにリフォームしようと頑張ったのですが病気のスピードに間に合わず寝たきりとなった母にそれは使われることなく,過ぎ行く時間の早さを嫌というほど思い知らされました.
介護部屋のリフォームを始めるとき「時間切れ」の言葉がいつも頭に出て来て,焦る気持ちと思うように進まない作業にイライラした日々を送りました.


在宅介護が始まり母親から「淋しい」という言葉が無くなり連れて帰ってきて良かったと思いました.
身の回りの世話は大変ですが挫折しないで続けられているのは嫁さんの協力あってのことだと感謝しています.


いろんな事が起きて何もしたくなくなり,何も考えたくなくなりしました.医者の話しが一番嫌で逃げ出したいといつも思っていました.
今は母を家に連れて帰ってくることができ,少し気持ちも落ち着いた気がします.

ただ,病気は今も間違い無く進行し,母の言葉も表情も日に日に乏しくなっていて悪化していることが見ていてわかるほどです.

 今日は大丈夫だったけど明日はどうなのか・・・・・そんな事がよく脳裏をよぎります.


母は寝たきりのためか背中がかゆくてたまらず,何度もかいで欲しいと言います.かいであげるとすごく喜ぶ母に「何が幸せか」と聞くと,ボケてたいして会話もできないのに「かいでもらっている時が一番幸せ」と言います.

残された時間はどれだけあるのか分かりませんが,背中をかいてあげたり,週末に車椅子に乗せて散歩に連れて行ってあげたり,そんな事をしながら合間を見て工作をしてネタを書いていこうかと思っています.


今の母が暮らしている介護部屋がこれまで私が工作をしてきたガレージでした.

ガレージが無くなり,私も少しガレージライフからも離れてしまっていましたが,父が残してくれた電気屋の店舗がここにあり,それを整理して新しい私のガレージにしていこうと考えています.散らかったままで整理からしていかなければならないため大した工作は出来ないと思いますが,これまで折を見て残してきた写真をひもといて,それから少しずつ更新していこうかと考えています.

2006年1月29日
この頃はまだ歩行器で歩くことが出来た

2006年4月8日
歩けなくなる事を想像することは容易で,散歩を面倒くさがる母をなだめすかして連れ出したりした.

2007年1月1日
ひと気の少ない病室での元旦

2007年4月15日
介護部屋のリフォーム中.入浴サービスの際に浴槽の重量を受ける為,床下の根太と大引きはピッチを狭くして強化床とした.

2006年5月6日
整理中の父が残してくれた店舗
ここが新しいガレージとなる.

最後に, 「いつも朝仕事に行く前に更新してないかチェックしてるよ」って言って励ましてくれる友人や,更新も無いのに立ち寄ってくれる方々が居てくれます.それは本当に嬉しいことです.
ホームページはブログと呼ばれる日記と違って見て下さる人が面白いと感じなければならないと開設当初から思ってきました.これからもその気持ちを忘れずに頑張っていきたいと思います.


言い訳じみた内容になって申し訳ありません.今書ける精一杯を書かせていただきました.


                                             2007年10月24日  OKU-TEC店長